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高松高等裁判所 昭和39年(ネ)43号 判決

控訴人(被告)

被控訴人(原告)

松岡儀十郎

代理人

佐伯源

主文

原判決中「原告その余の請求を棄却する。」とある部分を除き、その余を取り消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審分とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴人代理人は、主文同旨の判決を、被控訴人代理人は、本件控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実の主張、証拠の提出、援用、認否≪省略≫

理由

本件不動産が、もと被控訴人の所有に属していたこと、本件不動産につき、被控訴人主張のような経過で強制競売手続がなされたこと、本件不動産上に、被控訴人主張のような根抵当権が設定され、その旨登記されていたことは何れも当事者間に争いがない。

ところで、我が民訴法は、金銭債権による不動産に対する強制執行については、不動産上の負担につき消除主義の原則を余剰主義によつて制限しているものであるが、被控訴人は、松山地方法務局法務事務官あるいは執行裁判所(松山地方裁判所裁判官の過失により該余剰主義についての民訴法第六四九条第一項、第六五六条、第六五七条の規定に反して被控訴人所有の本件不動産が競売され、損害を蒙つたと主張するので考えてみるに、右法条は、差押債権者にとつて、配当を受けうる剰余がないのに無益な手続が遂行され、又優先権を有する債権者にとつてもその意に反した時期に、しかも不充分にその投資の回収を強いられる不当な結果を避けるために設けられたものであつて、差押債権者、優先権を有する債権者を保護する趣旨の規定であり(勿論執行機関も無意味な執行手続から解放される。)、債務者(所有者)を保護するための規定ではないと解される。

ただ、右法条が遵守される場合、債務者(所有者)にとつて、当該不動産の所有権を保持しうるか、又は差押債権者の定めるその債権に先だつ不動産上の総ての負担および手続の費用を弁済して剰余あるべき価額以上に該不動産が売却され、右負担等を弁済してこれを免れ、稀有ではあるが、場合によつては、なお剰余金を取得しうる利益はあるが、これは同法条の反射的利益というべきである。

債務者の所有財産は、もともと責任財産として債権者らの一般担保であり、その債権の満足に供せらるべき運命にあるのであつて、右法条により不動産の所有権を保持しえ、又は差押債権者の定める差押債権に先だつ不動産上の負担等を弁済して剰余あるべき価額以上に売却されうるのは、たまたま右負担等が存するというだけの理由であり、これがなければ、債務弁済のため該不動産は、競売されて当然のことなのであつて、強割手段によつて弁済を強要せられる状況下においては、該不動産は、も早競落代価相当の価値しかない(該代価は、競売の特質から該不動産の時価(通常の取引価格)以下であるのが普通である)。そうすると、債務者が不動産の所有権を保持しえ、又は不動産が差押債権者の定める差押債権に先だつ不動産上の負担等を弁済して剰余あるべき価額以上に売却されうるのは、全く差押債権者、優先権を有する債権者等債権者側のみの事情によるものであつて、債務者(所有者)は、債権者側のみの事情によつていわば漁夫の利をうるたぐいである。かかる者に対してまで国家賠償を認めれば、不動産の時価に比し、不動産上の負担額を高くなるようにしさえすれば、強制執行を受けても、常に不動産所有権を保持しうるか、又はこれを失つてもその時価以下で失うことはないことになろう。かかる結果は前記説示するところに照らし、容認し難いところである。

右法条による手続の要件が満されたのに、該手続をとらずしてなされた競売は、差押債権者および優先権を有する債権者の前示利益を害する点においては、勿論許すべからざるものであるが、しかし、右競売によつて害される債務者(所有者)の利益は、右述の如きものであつて、本来右法条により保護を受けうべきものではないから、右法条に違反した競売によつて右利益を害されても、債務者(所有者)は、違法に損害を加えられたということはできない。そして、右競売によつて生じた違法状態は、勿論現状に回復しうべくもないが、損害を蒙つた債権者において損害賠償を請求し、その補填を受ければ解消されるのであつて(もつとも、不服申立が許される裁判については、違法性がないとして国家賠償を否定する説もある。)、強いて債務者(所有者)に国家賠償を認める必要はさらさらない。

そうだとすると、本件においても、前記競売が、被控訴人主張の如く右法条に反するものであり、その主張のような損害が生じたとしても、右説示するところから明らかなように、被控訴人は、右競売により違法に損害を加えられたものとはいいえないのであつて、従つて被控訴人主張の如き国に対する損害賠償請求権の成立は、これを肯認するに由がない。

なお、本判決は、債務者(所有者)の右利益が侵害された場合常に右請求権が成立しないという趣旨ではないのであつて、債務者(所有者)に対し、損害を蒙らしめる目的で、右法条に反して競売が遂行されたような場合を論外において説示したものであり、本件が右の如き場合でなく、公務員の過失による場合の問題であることは弁論の全趣旨から明らかである。

そうすると、被控訴人の本訴請求は、進んでその余の点につき判断を加えるまでもなく失当として棄却を免れず、本訴請求の一部を認容した原判決部分は、取り消されるべきものである。

よつて、民訴法第九六条第八九条に従い、主文のとおり判決する。(呉屋愛永 杉田洋一 鈴木弘)

(参照)原審判決の主文

主文

被告は原告に対し金一三一万一、七三一円およびこれに対する昭和三五年一二月一八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用は五分し、その一を原告の負担、その余を被告の負担とする。

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